「青いうねり」



 半ズボンはいて走った 人間のふえかたなんて知らないときに

 どこまでも夜道を追いかけてくる月を怖れるままに大人になった


 口笛の練習をした放課後は眩しくてもう思い出せない

 空耳のチャイムの音で目がさめる やり直したいことのいろいろ


 おしろいの花を搾った赤いみず 飲まずにいられなくて 夕方

 ひまわりの種を飲み込む おへそから芽を出して咲く日を待っていた


 少しずつ色をうしなう カラフルな絵本ばかりを読んでられない

 摺り込みのように恋する 100年の夢から醒めた姫のまばたき


 夏空を横切ってとぶ飛行機が「世界にふたり」ごっこ終わらす

 貝殻を素足で踏んでうずくまるからだのなかに海が近づく


 ガガーリン氏のつぶやきをくりかえしくりかえししてのぼる坂道

 完全に虫歯の消えた未来にも淋しい夜は残るのでしょう


 刺ばかり伸びてしまったサボテンは誰のこころを吸ったのだろう

 欠かさずに水をやってね 寒さより淋しさで枯れちゃう花だから


 地下深く流れる水の音を聞く いつも笑顔でいるこのなみだ

 スコールを待っていたんだ 泣きながらながれる雲のはやさを見てた


 地図帳を指さすあそび この部屋にたしかに響いている波の音

 八割が水分という人間が海に溶けずにいることの謎


 死で終わるヘッセを嫌う 16で死んだあのこの罪をおしえて

 生まれるということの熱 刷りたての紙はたまごのようなぬくもり


 桃の皮いちまい剥いてゆくたびにからだのなかで育つ球体

 液体が固体にかわる瞬間のうすむらさきの氷のうぶくろ


 木製のパズルが上手くはまらない 歪みはすべてのものにあらわれ

 確実に退化している 折り鶴の羽はヤマオリタニオリどっち


 枕木はもう数えない 少年と呼ばれる時期は短いのです

 ビー玉を空にかかげて明日からは上手に嘘をつこうと誓う


 地球儀を回転させて洪水のあとにはただの青い球体

 青白いさかなのうねり にんげんはいつしか海へかえるのだろう


 ベランダは狭すぎたから部屋にまで溢れだしてる今日のゆうやけ

 いつまでも鬼のまんまで日が暮れて自分の影も見えなくなった





半ズボンはいて走った 人間のふえかたなんて知らないときに
夏空を横切ってとぶ飛行機が「世界にふたり」ごっこ終わらす
おしろいの花を搾った赤いみず 飲まずにいられなくて 夕方

など、内的な衝動の強さが、独自の表現に結びついているのがとても新鮮でした。
                        ( 2000年  9月7日  穂村弘氏より )

刺ばかり伸びてしまったサボテンは誰のこころを吸ったのだろう
地球儀を回転させて洪水のあとにはただの青い球体

などとてもいいと思いました。行き場のない心が暴力的な親しさで言葉に結びついたときに
<詩>がうまれているようです。天野さんには青春の一般的な情景を超えた世界を歌って
欲しいと思います。
                        ( 2000年 9月15日 穂村弘氏より )