
カラフルな風の吹く街ホーチミン・シティは能動態で溢れる
母国語で笑うときだけ少年の顔に戻って ガイドのタオさん
渋谷からとおく離れて真っ白なアオザイ姿の女学生たち
生ぬるい気に包まれている屋台 ライスペーパーには海老の赤
街角でフランスパンを売っている歴史は人に沁みこんでいる
ヘリコプターでの脱出の光景を知らないわたしの知らない重み
蝉の声だけが聞こえる (ホルマリン 漬け の 「奇形の 胎児」 の 標本)
ベトナム語・英語・日本語使い分け市場は女の戦場になる
*
なによりもまず、目に飛び込んでくるもののカラフルさ。
食料品も、生活雑貨も、可愛らしい小物たちも。
それから屋根のビニールや、水の入ったプラスチックのバケツでさえ。
ベトナム・ホーチミン。
その中央に位置するベンタイン市場。
雨季から乾季へと移行する、強い日差のなか。
さっきの通り雨でついた水滴がきらきらして、さらに眩しさを増す。
前日にガイドのタオさん(日本人よりも日本人っぽい。
眼鏡に七三のおじさん)に連れられてきたので、ここに来るのは2度目。
昨日はあまりの匂いに驚いて(新鮮なのはいいのだけれど
生きた魚や鳥、さらに豚や犬までいるのでとても生臭い)
買い物をするどころではなかったから、今度こそはと
気をしっかり持ってアーケードをくぐる。
細やかな刺繍の入ったカバン(妹と母に)、ビーズが縫いこまれた
サンダル(親友に)、チャイナカラーの半袖ワンピースを自分用に。
わずかなベトナム語「カイナイライカイジー?(これはなあに?)」
を口にすると店番の女の子たちがここぞとばかりに説明をしてくれる。
込み入った値段交渉はそれぞれの国の言葉で、強引に。
「このサンダル、3足買うから3000ドン安くして!」
「そんなに値引きできないよ!せめて1000ドン」(と言っていると推定)
日本人観光客になれた彼女たちはなんと日本語で「ジャンケンしよう」
と言ってきた。それも3回勝負で。
ベトナムの市場に響く「じゃーんけーん ぽん!」と言う声。
こちらにハネムーンの女神がついていたのか、勝負は3回戦ストレートでわたしの勝ち。
ほんとうに「しぶしぶ」という表情でサンダルを包んでくれる。
「日本のお友達に紹介してね。」とお店の地図付きのカードも一緒に。
ごちゃごちゃしたお店の片隅に掘りだし物が潜んでいる。
バチャン村で焼かれた陶器(日本の雑貨屋さんで800円ぐらいのもの)
が1ドルで売られていたり。これは会社の同僚へのお土産。
奥の方に進むと(この市場は本当に広い。増設されいくつもの体育館が
くっついたようになっている)今度は食料品店が軒を連ねている。
ヌックマム、スイートチリソース、コーヒー豆、ココナッツキャンディー。
それからフォーガーとフォーボーのインスタン麺。
ベトナムの通貨「ドン」と「ドル」を使い分けて買い物は続く。
英語で話しかけるとひゃっと店の奥へ隠れてしまうおばちゃんや、
「隣よりも安いよ」「じゃあうちはそれよりも安いよ」と
ケンカをはじめてしまうお兄さんたち。
市場の一番奥にある食堂のエリアでは、おじさんがチェー(タピオカ入りぜんざい)
を食べて休憩中。
屋根の一部が壊れていて、そこからぽっかりと青空が見える。
この市場のカラフルさは、物はもちろんだけれどそれよりも
色とりどりの「人」が集まっているからなのだなあと思いながら、
心地よい市場の喧騒に耳を澄ます。
人々のざわめき、ニワトリの鳴き声、バイクの騒音、
そして近くの教会の鐘の音が鳴り響く。
*
サイゴン川に夕日が落ちる日本の太陽と違う表情をして
瑞々しくはじけるような竜眼を剥く恋人の指の艶めき
ドラの音がまだ体内を駆け巡る水上人形劇の夜更けに
白熱灯ひとつ燈した室内に家族は自然と集まっている
天秤棒ゆらして歩道をゆく老婆たくましい背にしばし見惚れて
一瞬の静寂 バイクの轟音が今だけ響いていない明け方

今はもうない街がある(路地裏に少年時代の父が隠れた)