「五味太郎にあってみる」


へー「五味太郎ビデオライブラリー」?

何冊か読んだことあるけどさ、『ことわざ絵本』も『言葉図鑑』もよく読んだけどさ。

絵本のアニメ化ってどうなのよ。絵本のほうがいいに決まってるじゃん。

それに他のはなしならいざ知らず、五味太郎ってストーリーテラーじゃないから

あんまりストーリーもないし動かすのも大変なんじゃない? 『さる・るるる』なんてどうなってるんだろ。

ま、新製品だし、商品研究のためにも借りてみてみようかね。

なんて横柄な態度でビデオを見たのが去年の秋頃のこと。

おもしろかったの、すごく。五味太郎さんごめんなさい。

子供のころは気がつかなかった言葉のセンス。着眼点のおもしろさ。実感できる結末の落とし方。

おりしも吉祥寺のヴィレッジ・バンガードの絵本コーナーに、エッセイ集なんか2.3冊置いてあって。

立ち読みしようと思ってたのに気がつくと買っていました。いや、1冊買った時点で気がついたのではなく

本棚に五味太郎著作の本が6冊も集まったところで気がつきました。

その頭のよさ、目のよさ、リズムのよさにめろめろになっていた日々を見透かすように、

講演会のお知らせのチラシが、トムズボックス(作品集Uを出そうとしているお店)に。

『すてきなさんにんぐみ』『キスなんてだいきらい』の作者、トミ・ウンゲラー(またはトミー・アンゲラー

表記は出版社によって違うようです)の展示会のイベントだそう。

で、行ってきました。

高島平駅から送迎バスに乗って、なんだか遠足を思いだしたりしながら到着しました、梅の香る板橋区立美術館。

もちろん、ウンゲラーさんは素敵でした。この人ほんとはすごく細かい絵も描けるに、あえて色を雑に塗ったり

荒っぽい絵を描いたり。うまいからこその遊び。その遊びのせいか展示されていたポスター原稿の

ほとんどが<不採用>と貼ってあったり。絵本だけではわからないかっこよさ。

そしていよいよ五味太郎。

左側:小野明さん(後でお世話になりました)右側:五味太郎さん


これだけ期待してしまったから、本人を見て、本人のせいではなくちょっとがっかりしちゃうかな

と思ってたのですが。さすがだね五味太郎。開始そうそう「KSDとSKD(松竹歌劇団)が

よくわかんなくてさ。あんな踊りおどっているところがなんで金がらみで問題になってるのか

不思議に思ってたよ、オレ」なんて言い出して。

ウンゲラーさんについて語る会だけど、おかまいなし。五味さんの興味を引く話題へ流れる、飛ぶ。

それがでも、自分勝手では決してなく、楽しいのが不思議。

エッセイや絵本を読んでいても感じたのだけど、ノリ、なのだと思った。

ノリノリでやって本人が楽しいから、それが伝わってまわりも楽しい、そんなすごいちからを持った人。

1時間半のはずがサービスで2時間。

目標の第1段階である「目の前でお話を聞く」が実現されたので次の段階「サインをもらう」を

かなえるべく美術館ないをうろうろする。と、聞き役だった小野さんを発見。

対談集、読みました、今日は生でお話が聞けて嬉しかったです、とご挨拶したところ

「あ、じゃ五味さんも呼んでくるね」と控え室に消えていった小野さん。

え、いまなんて? と思う暇なくドアが開き「なーにー?」と五味さん登場。

2冊持ってきた本のうちの1冊にサインをお願いして、感無量、という字が浮かんだとき

「もう1冊もいいよ」と別バージョンのサインまで描いていただいてしまいました。

あまりにもいい流れなので第10段階ぐらいと考えていた作品集渡しを決行。

短歌や俳句を、といったところで、「へえ、梅林で句会やる?」なんて言われて、

あわあわしたり、「ご丁寧にどうもありがとうございます」とお礼まで言われてしまって、もう。


五味さん手には作品集が!


一度なにかを好きになってしまうと果てしなく好きになってしまう性格を

再確認しながらしあわせにバスに乗って帰りました。


五味さんの本をさしだしたとき、「それ、なかなかいいでしょ」とご自分の本に対しておっしゃっていました。

やっぱり、本人楽しんで書いてる、というのと同時に、やっぱりそれぐらい自作に自信を持たないとね、と学習。

あ、五味さんのエッセイ、『ときどきの少年』と『うたがきこえてくる』がお薦めです。ぜひ。


*****

実はこの日、梅四ヒイさんと会社の日下部さんと出かけていて、

帰りに古きよきムーディ(?)さの喫茶店でパフェ食べて帰りました。



パフェ三つ巴の図。

ヒイさんの頼んだバナナパフェ。



みごとにバナナと生クリームとアイスしかない(さくらんぼは除く)

バナナパフェにバナナが入っていなかったら文句も言えるけど、バナナしか入っていないからと

文句も言えない。ちなみにマロンパフェは栗の寒露煮がちょろっと置いてありました。

翌日会社で、あの後気持ち悪くなったねえなんて話しました。ヒイさんは大丈夫でしたか?

今度リベンジでまともなパフェ食べ行きましょうね、ね。


                       
                      2001・3・21


寒くなると思い出す焚き火。

地面で落ち葉なんかを燃やしてぱちぱちいっているのではなく

ドラム缶のなかでゴーゴー燃えている焚き火。


その子のうちはお金持ちだった。

庭には大きな犬小屋があり、バラのアーチがあり、ガーデン・チェアーがあった。

さらに言えばターザンロープがあり、大木の下にブランコがあり、春にはどこからか蛙がたまごを産みに来る池があった。

さらに加えて言えば、家も同じ敷地内に2軒持っていた。

当然のようにその子のうちに入り浸りになった。

ランドセルを背負ったまま、夕方5時に市役所で鳴るチャイムを聞き終えるまで庭で遊び続けた。

自分のうちにはない、素敵なもので溢れているその庭は、さらに素敵なものに続いていた。

それはその子のおじいちゃんのおうちとその畑だった。

クリスチャンであるその子のご両親の建てた家は、窓はステンドグラスで飾られているような家だったのに対し、

庭の先の家は掘りごたつのある純和風の建物だった。

日々の遊びに応じて、私たちは遊び場を変え、夏の晴れた日には畑を横断するターザンロープ、庭のテーブルで3時のおやつ。

冬の雪の日にはおばあちゃんの作ってくれる、ちょっと薄めの甘酒を飲みながらこたつでお絵描きをした。


焚き火は、その子のおじいちゃんが霜が降りる頃になると毎朝焚いてくれた。

冬の朝早く、学校に行くため迎えにいくと、末っ子でありお金持ちでもあるその子は

その生活環境のもたらしたであろう結果として、ちょっとマイペースな性格で、

人が待っていてもお構いなしにのんびりと朝ご飯を食べ、学校へいく準備をした。

3人兄弟の長女として育ち、てきぱき動くことを求められてきた性格の私としては

あたたかい玄関に腰を掛け、ただ待っていることもあまり好かず、

氷の張った池に触ったり、霜柱を踏んづけたり、ちょろちょろと庭を動き回っていた。

庭の奥まで霜柱を踏みしだきながら歩くと、おじいちゃんと焚き火に呼びとめられた。

枯れ木を燃やし、キャンプファイヤーのような大きな炎がドラム缶の口から見えていた。

普通の焚き火と違い、ドラム缶の焚き火は細長いのでからだ全体が暖まる。

火の勢いが強くなると熱いくらいで、そうするとおじいちゃんが鉄の棒でドラム缶のなかをぐるっとかきまわし

火の粉をわっとあげながら沈めてくれる。からだが温まると、また霜柱を踏みに行き、

寒くなるとまた焚き火に近寄って、また踏んだ霜柱の陣地を広げに行って。

バナナの木の根元まで辿りつくこともあったし、焚き火にさえ当たらないで学校へ行く日もあった。

火を覗きこみすぎて痛くなった目と、ドラム缶に面した方だけ熱いくらいのからだと、地面の冷たさを確実に伝える足と。

そんな冬の朝を過ごした。

焚き火に当たったあとはいつまでもからだの芯が温かかった。




こんなふうに寒い季節にはよく思い出す。

でも、私が懐かしく思うのは、本当は焚き火ではなく、あの庭であり、あの人たちであり、

あの時間だったのかとも思う。

焚き火は変わらず燃えていたとしても、もうあのときの焚き火にはあたることはできないのと同じように

あのときの人たちにはもう会えないのだから。

風邪なんかひいていませんように、みんな元気でいますようにと、私は切に祈る。


2001/1/16