「吉田さんの落とし穴」


吉田さんの仕事はマンホールを作ることだ。
もう長いことこの仕事をしている。気がつけば現場で一番えらい立場になっていた。
毎日毎日マンホールを作ってきた。
何百何千もの穴を掘り、蓋をする。
現場の賑やかな音や赤いコーン、ヘルメットと首にかけたタオル。
それももう終わってしまう。
この春の人事移動で社内の仕事に配属されることになった。
吉田さんはもう長いこと現場にいた。現場にいるには歳をとりすぎたらしい。
また一つ出来あがったマンホール。完成を確かめるために吉田さんはぽんとその上に飛び乗った。
― あと3っつか。吉田さんはつぶやいた。最後のマンホールまでのカウントダウン。
― よし、今夜、このマンホールにしよう。


マンホールを作るうち、いつしか吉田さんはある思いにとりつかれるようになった。
― この街だけ見てもすごい数のマンホールがある。日本全体で、世界全体ではいったい
どれほどの数になるのか。
それだけの数の穴が道に開いているというのに、どうして、落とし穴がないのだろう。
道路の真ん中に穴。ちょっと蓋をはずして落とし穴にしたら面白いのになあ。
吉田さんは小学生の頃はガキ大将だった。
校庭のすみに穴を掘り、水をすこし張り、草で蓋をして、上手く土を被せてカモフラージュする。
仲間とともに近くの茂みに隠れて、息を潜め、じっと誰かが通るのを待つ。
結局あのときの落とし穴には誰も嵌ることがなく(どうしても上手く地面と馴染ませることが出来なかったから
すぐバレてしまったのだろう)、日が落ちて暗くなり始めたころ、穴を埋めた。
マンホールの下は下水道になっている。あの頃の子供の力で掘った穴とは違う。
落ちたら怪我ではすまないかもしれない。でも、誰かが落ちるのを見たいのではない。
草陰にあの息を潜める感覚。そしてなにより、一瞬でもマンホールのひとつが落とし穴になっているということ。



いちばん人の少ない、午前3時にした。
昼の現場とは打って変わって静かな道。新しい舗装とマンホール。
今回はちゃんと準備がしてある。あのランドセルを背負っていた頃とは違う。
仕事が終わってから、この時間を待つあいだに発泡スチロールで蓋を作っておいた。
艶のニスで色もきちんとつけてある。
― さて。 車も人もしばらくとおらないことを確認して、吉田さんは道にでた。
ニセの蓋を脇におき、マンホールをはずす。
下水のにおいと湿気た空気が上がってくる。水の音がする。
― さあいよいよ。世界中のマンホールのなかに混ざる、落とし穴だ。
マンホールを作りに携わる人なら、一度でもこころをよぎっただろういたずら。
発泡スチロールの蓋をはめる。
落とし穴は完成した。
そして吉田さんはいつものように、完成したマンホールの上にぽんと飛び乗った。

― 誰か他の人が怪我をしなくてよかった。
そんなことを思いながら、吉田さんは深い穴のなかに落ちていった。




Kei Amano as Keiko Ohno2002/3/30